本日、と言いますか正確には昨日夜半より、今年から我が家の菩提の弔いをお願いすることになりました、
鎌倉は由緒寺院のK寺様にて、年間、最も深い弔いの行われる日としての御供養の縁日でしたけども、
こうして京都にいる私のところにも、しっかりと祈りの影響(宿業の荷下ろし)による穏やかさが伝わっております。
(こうしたご縁には本当に感謝いたします。)
ちょうど立秋を過ぎたぐらいのタイミングで、例年どおりだと思いますが、西洋系の星読みの人たちがライオンズゲートとして近年拡散しているようで、
たぶんその文脈でも、何かしら作用はあるのでしょう。
私の場合、調べたり、経験を踏んで言えるのは、東洋暦やインド暦(また仏教系の星宿の暦)に合わせるほうが、心身ともに深く効くらしいという実感があります。
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暦でもそうですし、心理的な、あるいはスピリチュアルな作用、働きかけにしてもそうですが、
西洋のやり方より、東洋、インドのアプローチのほうが(ワタシ個人の見立てでは)ずいぶんとレイヤー的に深く、
また日本に伝わって保存されてきたやり方の深遠さは、この数ヶ月、改めて目を開かされている感じです。
これも時が来て、運勢が稼働しはじめ、縁が繋がり、そうやって出会ってゆくものでしょうから、知る人は知る(機会がくる)し、知らない人は生涯知らないと思うだけども、
それもいわゆる(前世からの)宿縁の部分がかなり効いているように思います。
そういう意味で、ダルマの縁は本当に大事で、釈迦牟尼仏の偉大さというのは仏教のコンテクストにそれなりにコミットして、初めて見えてくるものがあるなと実感していますけども、
まあ振り返ると、心理とか自己実現とかスピリチュアル系というのは、ひとつのコンテンツ産業というか、セミナー、セッション業としての"世間"ということなんでしょうね。
ヘリオはそういう意味でいうと、基本的にはあまり表には出ないカタチを模索してゆきたいですね。
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昨日は、またいつもの古書店で経本を眺めてますと、ちょっと気づいたのは、
各宗派の経本のうち、浄土真宗と日蓮宗のお経本はすごくエモーショナルな帰依心を産み出す何かがあります。
この二つの宗派はとりわけ魅力的だな、と正直もうしまして、とても感銘を受けました(両方ともに、帰依したいなと思うくらい)。
禅宗になると味わいが随分違いますし、天台宗はなぜか地味です(笑)。ご縁にしたがい、いまは真言宗中心で調べたり実践する方向でいますけども。
特に宗派的にこだわりがなければ、観音様と般若経典から入っていって、様々な諸仏諸菩薩と出会うのがいいような気がします。
師を見つけるべきかどうかですが、縁ある人は見つかるでしょうし、そんなにはこだわらず、自分なりに道を造ってゆくのを基本にしたらいいと思います。
色々とお坊さまや行者さまの発信を見てますと、みな各自の世界があって、それでやってますし、それはそういうものだと思う。
わたしも仏教の界隈をそれなりに観てきましたが、結局、古典的な意味でいう"師"はいませんで(わたしの星のうえでも師はいない設定です)、
今はご近所の不思議な縁という感じで色々サポートを頂いているご住職がおられまして、自由でゆるいノリでやってます🍵
人の会話のなかに神さまからの伝言があるようですが、先日、生駒聖天にお詣りして、そして祈願窓口のおじさんと話しをしていると、
「京都はここから近いじゃないか!。それで、参拝のペースというものは人それぞれだナ。自分の好きなふうにやるのがいいヨ」
そういうわけで、これが神さまの言いたいことだなと思った次第です。
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ヘリオ(Heliocentric、太陽中心占星論)とは、ごく一般的な西洋占星術、またインドや中国の占星理論において地球中心の宇宙観(ジオ、Geocentric)、
つまりは、地上の条件付けと反応(つまりカルマ)としての人生メタファーを読み解くことに対して、
本質的自由をベースとして、人生を創造的プロセスとして捉え返してゆく視座であり、このブログではその周辺をプラクティカルな話も含めて書いています。
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